アスベスト(石綿)の健康被害について,大きな動きがありました。
令和3年5月17日,最高裁が,複数の判決において,一定の範囲について関係企業・国の責任を認定しました。
これをうけて,新たに建設アスベスト被害者救済法が制定されて救済制度が創設されました。
アスベスト(石綿)は,耐熱性,絶縁性,保温性などにすぐれていて建材などに広く使われた時期がありました。
しかし,発がん性など健康被害を引き起こす危険が明らかになり,現在では製造・輸入・使用・譲渡が禁止されるに至っています。
とはいえ,過去に建物に吹き付けられたり建材として組み込まれたりして,現に残存している場合が少なくないとされます。
そういえば,建物の解体工事を依頼したときに,解体業者の方が,アスベストが使用されていないか,かなり神経を使われているようでした。
身近なところでは,家庭用の珪藻土バスマットで,特定の製品に基準値超えのアスベストが含まれていてリコールがかかった,などの報道もありましたね。
さて,アスベストによる健康被害の場面は,必ずしも1つではありません。
典型的な場面は,アスベストを取り扱う工場や建設現場で働いていた人が,中皮腫や石綿肺などの石綿関連疾病に罹患した場合です。
それ以外でも,アスベストを使用する事業場の周辺住民の方などが健康被害を受ける場合もあります。
そのため,健康被害に対する救済制度も1つではないのですが,複数の制度が併存していて,すんなりとは理解しにくいところです(私はそうでした)。
自分自身の頭の整理と備忘もかねて,整理しておきます。
です。
があります。
これら石綿関連疾病の特徴として,潜伏期間が数十年と非常に長い,とされています。
石綿関連疾病に関わる制度として,じん肺管理区分と健康管理手帳制度があります。
粉じん作業に従事するか,過去に従事していた労働者は,じん肺健康診断を受けて,じん肺管理区分の決定を受けることができます。
管理区分は5段階あり,石綿肺については一定以上の管理区分に該当することが労災認定の要件になっています。
【参考】
(過去に石綿を取り扱う作業等に従事していた方向け)健康診断の受診勧奨と健康管理手帳制度・労災補償制度のご案内(厚生労働省)
こうしたアスベストの健康被害に対する救済は,大きく2つの分野があります。
複数制度が併存していてややこしいですね。しかも,対象になる石綿関連疾病の範囲が制度によって微妙に違っていたりします。
(例えば石綿健康被害救済法による救済給付は,石綿肺・びまん性胸膜肥厚については著しい呼吸機能障害を伴うものに限るとし,良性石綿胸水は対象外となっています。)
1の制度と2の制度は併用可能です。これは,補償の性質や対象範囲が違うからですね。
それぞれの制度を概観していきます。
これらの中では,労災の制度が中心になります。
石綿関連の仕事をしていたことがあって,石綿関連疾病を発症した方に対しては,国も労災認定の申請を積極的に案内しています。
となります。
①石綿ばく露作業については,末尾に一覧を載せておきます。
また,厚生労働省が,石綿ばく露作業による労災認定がされた事業場を公表していますので,参考にできます。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/sekimen/index.html
②石綿関連疾病についての認定要件は,疾病ごとに細かく規定されています。
ここでは書き出しませんが,以下のリーフレットがある程度整理されています。
・石綿による疾病の労災認定(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署)
さて,労災保険給付の申請期限(時効)についても触れておきます。
法令上,給付の種類によって時効期間が定められています(労働者災害補償保険法42条)。
ところで,アスベスト(石綿)の健康被害の特徴は,潜伏期間が非常に長い,ということでした。
業務に従事していたときから長期間経過してから石綿関連疾病を発症した場合や,同様に長期間経過してから業務上外(業務起因性)が判明した場合には,いつから時効を計算するのでしょうか?
裁判例には,障害補償給付の時効起算点について「業務に起因して発生した傷病の症状が固定し,かつ,当該労働者が障害の業務起因性を知った時から」と判断した事例があります(名古屋高判昭和61年5月19日・高山労基署長事件)。
と考えることができそうです。
と判断された事例もあります。
時効の判断がケースバイケースの判断になる,ということは,被害者救済のために柔軟に対応する余地がある,ともいえますね。
請求期限・時効は,どうしても技術的になるので,具体的なケースについては弁護士にご相談をなされてください。
なお,石綿健康被害救済法による特別遺族給付金という制度がありますが,これは労災への上乗せではなく,労災が使えない場合の補完制度のような位置づけです。
健康被害を受けた労働者の方が死亡された場合,遺族の方から労災保険の遺族補償給付を申請するのが本道です。
石綿健康被害救済法による特別遺族給付金は,遺族補償給付の申請ができなかった場合の救済制度です。
に,特別遺族給付金の対象になります。
石綿健康被害救済法による特別遺族給付金の請求期限は,令和4年3月27日とされています。
この法律は,平成18年に成立しました。
きっかけは,建材メーカーの工場の周辺住民の方に石綿関連疾病(中皮腫)の被害が生じていたことでした(いわゆるクボタショック)。
そのため,既存の法制度で救済されない被害者の救済を目的としていました。
制度の基本的な考え方として,「個別的因果関係を問わない」,「補償ではなく見舞金的な性格」とされています。
・石綿健康被害救済制度10年の記録(独立行政法人環境再生保全機構) 立法経緯:16頁 基本的な考え方:65頁 統計データ:29頁以下
対象は,労災の対象とならない石綿健康被害者です。
給付の水準は,労災よりも低くなります(給付内容は後掲の「救済給付のしくみ」を参照)。
独立行政法人環境再生保全機構が,
日本国内において「石綿を吸入することにより」一定の石綿関連疾病にかかった旨の認定
を行い,認定がなされたら救済給付が支払われます。
労災と違って業務上外(業務起因性の有無)の認定はありませんが,石綿吸入と発症の因果関係の認定は必要です。
そのため,石綿関連疾病の中でも,種類によって認定の難易度にかなり差がありそうです。
特に石綿肺は,大量の石綿へのばく露歴があることの確認が重要とされていて,資料の確保が課題になりそうです。
機構の前掲資料(平成27年度までの統計)によると,実際の認定事例は中皮腫が圧倒的に多く,85%程度になります。
肺がんが10%強,石綿肺・びまん性胸膜肥厚はそれぞれ1%以下のようです。
【参考】
・救済給付のしくみ(独立行政法人環境再生保全機構)
・医学的判定の考え方(同上)
最高裁平成26年10月9日判決により,国の責任が一定の範囲で認められました。
これにより形成された救済ルートです。
です。
②の石綿工場は,石綿製品の製造・加工等を取り扱う工場または作業場をいいます。石綿紡織工場,石綿含有建材・製品の製造工場なども含みます。
③の石綿粉じんに暴露する作業は,末尾の一覧を参照してください。
この救済ルートを利用するには,健康被害者の方が国に対して裁判を提起する必要があります。
要件を満たすことが裁判手続の中で確認された場合に,裁判上の和解をし,国側が所定の損害賠償金を支払う,という流れになります。
健康被害者の方が裁判を提起 ⇒ 裁判手続中で①~④の要件を確認 ⇒ 裁判上の和解 ⇒ 賠償金支払い
なお,これらは他の救済ルートでも重要な資料になると考えられます。
賠償金の額は,健康被害の程度に応じ,550万円~1300万円です。
参考
・石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族の方々のうち一定の要件を満たす方に賠償金をお支払いします(厚生労働省リーフレット)
・石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族の方々との和解手続について(厚生労働省Webサイト)
なお,提訴期限は,民法の消滅時効の規定によります(国家賠償法4条)。
労災のところで言及したとおり,性質上ケースバイケースの判断であるものの,過去の判例・裁判例をもとに,石綿関連疾病の特質から,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には,20年の時効についても損害発生時から時効期間を起算すべき,と考えることができます(前述の最判令和3年4月26日など)。
あちこちで同じことを書いている気がしますが,時効は非常に技術的なので,個別のケースについては弁護士にご相談下さい。
最高裁令和3年5月17日判決と,これをうけて6月に国会で成立した救済立法(特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律)により創設された制度です。
対象は,以下の①~③に該当する方です。
のいずれかに従事した,
賠償金の額は,健康被害の程度に応じ,550万円~1300万円です。
こうした場合,労災については特別加入制度を利用していなければ労災の対象にならないですが,新制度は労災の対象外の方でも対象になり得ることになります。
一方で,建設業の中でも,屋外作業は制度の対象に入っていません。
本制度は,厚生労働大臣が,審査会(特定石綿被害建設業務労働者等認定審査会)の審査に基づき,要件にあたるかどうかの認定を行う方式です。
したがって,平成26年最判型とは違って,被害者側が裁判を提起する必要はありません。
または
または
から起算して20年,とされています。
この制度の運用開始は令和4年度からのようなので,今後より詳しい情報が出てくると思います。
そもそも,アスベスト(石綿)健康被害の救済のための努力は,以下のような多数の裁判として行われてきました。
平成26年10月最判型や令和3年5月最判/建設アスベスト被害者救済法型の救済制度は,多くの被害者・弁護団の裁判の積み重ね,その結果としての最高裁判例,から形成された結果といえます。
関係者の方々の長年の尽力に,敬意を持たないわけにはいきません。
などが,残った課題といわれています。
これらについても,今後新たな展開がある可能性があります。
いずれにしても,個別の健康被害者の救済は,これからが本番です。
労災認定とそれに付随する行政不服審査手続,取消訴訟は,これからも変わらず重要です。
平成26年10月最判型や令和3年5月最判/建設アスベスト被害者救済法型の救済制度の対象にならない方にとっては,労災民事訴訟など,裁判手続による救済手段の検討も必要です。
私自身も,もっと勉強していかないといけませんね。
★石綿ばく露作業リスト【前掲・健康診断の受診勧奨と健康管理手帳制度・労災補償制度のご案内(厚生労働省)から抜粋】
弁護士 圷悠樹
【R3.8.4 UPDATE】
厚生労働省のWebサイトに情報が追加されていました。
・建設アスベスト給付金制度について
「自分は大丈夫だろうか?」と心配になられた方は,以下をご参照ください。
・「石綿にさらされる作業に従事していたのでは?」と心配されている方へ
「一度健康診断を受けてみよう」という方は,以下のチェックリストに記入してみて,最寄りの都道府県労働局・労働基準監督署にご相談なさってみてください。
・石綿自記式簡易調査票
もちろん,事前に弁護士にご相談いただければ,進め方のご案内や,関係機関との連絡・調整などの対応も可能です。
【R4.2.2 UPDATE】
2022年1月,厚生労働省のWebサイトに更に情報が追加されたようです。
以下,いくつかポイントを拾っておきます。
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