企業顧問 債権回収 契約交渉 | 交通事故 債務整理 離婚

弁護士法人いまり法律事務所

loading

 / 

人身傷害保険金の支払いが先行する場合の損害賠償額算定

自動車保険の契約をするとき,人身傷害保険も付帯する契約にすることが多いと思います。

事故の被害にあったとき,通常は,加害者側の任意保険会社が対応するので,いきなり自分の側の人身傷害保険を使うわけではありません。
ただ,例外的に,被害者が,示談交渉前に,自身の加入している人身傷害保険を使う場合があります。
これが起きるのは,例えば次のような場面です。

  • 自損事故
  • 加害者側が無保険の事故
  • 被害者側にも過失ありの事故

このうち,被害者側にも過失ありの事故の場合,人身傷害保険金を受け取った後,さらに加害者側保険会社との示談交渉になります。
その場合,被害者が受け取った人身傷害保険金の扱いは,どうなるでしょうか?

その答えは,「具体的な事情によるので,できれば弁護士にご相談なさってください。」ということになります。
なぜかというと,双方過失の場合,被害者が受け取った人身傷害保険金のうち,どれだけの金額を損害賠償請求から差し引くかは,具体的な事情により異なってくるからです。
ただ少なくとも,「受け取った人身傷害保険金の全額を差し引くとは限らない」ということはいえます。

 

そもそも,人身傷害保険金は,加害者側(加害者またはその任意保険会社)からなされた支払ではありません。被害者の任意保険会社からの支払です。
したがって,加害者側から支払がなされた場合とは,考え方が違います。

 

被害者が人身傷害保険金を受け取った場合に,加害者側への請求額から差し引くのは,「被害者の権利が被害者側の保険会社に移転するから」です(これを保険代位といいます)。

一般的に,保険約款上,人身傷害保険金については保険代位の規定があります。
つまり,人身傷害保険金を支払った保険会社は,被害者本人の損害賠償請求権を代位取得する(=被害者本人の損害賠償請求権が保険代者に移転する)ので,その分だけ被害者本人の損害賠償請求権が減少します。

ちなみに,被害者側の保険でも,搭乗者傷害保険は,一般的に保険約款上に代位規定がありませんので,被害者が搭乗者傷害保険金を受け取っても,被害者の加害者に対する損害賠償請求から控除しません。

そして,次の点が重要です・・・双方過失の事故で過失相殺がされる場合,被害者が受け取った人身傷害保険金の全額に対して保険代位が発生するわけではありません

人身傷害保険金と保険代位の範囲については,最高裁判例があります。
いわゆる「訴訟基準差額説」をとることを明らかにした,最判平成24年2月20日(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=82008)です。
判決の該当部分を引用します。

上記保険金を支払った訴外保険会社は,保険金請求権者に裁判基準損害額に相当する額が確保されるように,
上記保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回る場合に限り,
その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である・・・

 

何を言っているのかわかりにくいと思いますので,要約して言い換えます。
人傷社(人身傷害保険金を支払った被害者側保険会社)は,被害者の過失割合部分に対応する損害額を上回る額の人傷保険金を支払った場合に限り,その上回る額の限度で,被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する。

これは,次のことを意味します。
人傷保険金は,まず被害者の過失割合部分の損害に先に充当され,その範囲では保険代位は発生しない。
したがって,被害者の過失割合部分に充当される人傷保険金は,被害者の加害者に対する損害賠償請求において控除しない。

具体的な金額で考えてみましょう。
本来,保険代位は,保険約款の規定によるのですが,ここでは一応,標準的な約款規定を想定して検討します。
※ 標準的な約款規定の例・・・「保険金請求権者(被害者)が他人(加害者等)に損害賠償の請求をすることができる場合には,保険会社(人傷社)は,その損害に対して支払った保険金の額の限度内で,かつ,保険金請求権者の権利を害さない範囲内で,保険金請求権者がその他人に対して有する権利を取得する。」(前記最判の事例)

また,考え方をシンプルに説明するため,損害額・過失割合が一義的に定まると仮定します。
(本来は,訴訟基準差額説をとると,被害者・加害者間の訴訟等で総損害額・過失割合が確定してはじめて,人傷社の保険代位の有無・範囲も確定するので,あくまで便宜上の仮定です)

【具体例】
被害者の総損害額 1000万円
過失割合 被害者:加害者=20%:80%
人傷保険金 400万円(被害者が受領済)

この場合,人傷社が代位する金額は,次の計算になります。
1000万円 ✕ 0.8 + 400万円 - 1000万円 = 200万円
これが,被害者の加害者に対する損害賠償請求権から控除する額となります。

したがって,人傷保険金の受領後の,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額は,
1000万円 ✕ 0.8 - 200万円 = 600万円
となります。

ここまでは,いわば考え方の基本です。

さて,実は,人身傷害保険金と保険代位については,他にも複雑な問題があります。

その例は,人傷社が自賠責保険金を回収した場合の処理です。

【具体例(続き)】

自賠責保険金 300万円(人傷社が回収済)

上記の例だと,人傷社が被害者に保険代位して取得する請求権の金額は200万円でした。つまり,人傷社が加害者側に請求できる金額は200万円のはずです。
しかし,人傷社は自賠責保険金から300万円回収しています。
そうすると,人傷社は自賠責保険から100万円超過して回収したことになります。
この超過した部分の処理をどうするか?という問題です。

二つの考え方があります。

1 不当利得容認説

被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額は,上記の計算どおり,600万円とする考え方です。つまり,人傷社側の事情は,被害者自身の権利には影響しないと考えます。
人傷社が超過回収した100万円は,人傷社と加害者側任意保険会社との間で精算処理すべし,とする考え方です。

2 全部控除説

被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額は,
1000万円 ✕ 0.8 - 300万円(人傷社の自賠責保険金回収額) = 500万円
とする考え方です。
しかしそうすると,人傷保険金400万と上記500万円では,合計900万円にしかなりません。
損害額は1000万円ですから,判例(訴訟基準差額説)の考え方からは,100万円不足します!

この不足部分については,被害者が人傷社つまり自身の保険会社から,100万円追加支払を受けて調整すべし,とする考え方です。

どちらの考え方も,最終的に被害者が受領する額は,訴訟基準差額説を前提にすれば理論上は同じになるはずです。

以上の具体例では,損害額・過失割合が一義的に定まる,という仮定をおきました。
しかし実際には,損害額や過失割合について双方の主張が対立する中で,先に支払われた人傷保険金の扱いを含めた示談案の提示をしたり,訴訟に踏み切るなどの状況判断をすることになります。

ですから,過失相殺見込みのケースで,人身傷害保険金の支払いが先行する場合,「具体的な事情によるので,できれば弁護士にご相談なさってください。」というお答えになります。

 

【UPDATE(R2.6.16追加)】

人傷社が自賠責保険金を回収した場合の処理については,福岡高等裁判所令和2年3月19日判決(判例タイムズ1478号52頁)という事例があります。
この事例では,結論として,人傷社が回収した自賠責保険金額について損益相殺(=被害者の加害者に対する請求額から控除すること)を認めました。

もっとも,この判決は具体的な事実関係(特に,被害者が人傷社に自賠責保険金の受領権限を委任・授与した,との認定)から結論を出していて,全部控除説か不当利得容認説か,という立場を明示してはいない,と指摘されています(掲載誌である判例タイムズの解説部分)。

 

【UPDATE2(R4.3.26追加)】

上記の福岡高等裁判所令和2年3月19日判決は,最高裁で変更されました。
最高裁判所令和4年3月24日第一小法廷判決です。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91048

人傷社が人傷保険金の支払により保険代位することができる範囲を超えて,自賠責保険金回収額に相当する額の全部を控除することはできない,と判断されました。
理由の要点は,原審判決が中心にしていた事実認定の否定(つまり,被害者が人傷社に自賠責保険金の受領権限を委任したと認めることはできない,という判断)です。

全部控除説か不当利得容認説か,という点に力点はなさそうです。

あなたにとって
最善の解決策を。

お電話で予約される方

0955-24-9255

受付:平日 午前9時〜午後5時

メールフォームから予約される方

法律相談予約フォーム

相談料 5500円/時間(税込)
*ただし借金の相談は無料